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横浜地方裁判所 昭和29年(ワ)44号 判決

原告

加藤才三郎 外二名

被告

稲垣三郎

主文

一、被告は、原告加藤才三郎に対し金二十八万二百三十円、原告加藤禎一に対し金二十六万八千六十円、原告加藤アサに対し金九万九千二百八十円、を夫々支払え。

二、原告等の其の余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は三分し、その二を原告等の負担とし、その一を被告の負担とする。

四、この判決は原告等勝訴の部分につき、原告加藤才三郎同加藤禎一において各金六万円、原告加藤アサにおいて金二万円、の担保を供するときは、夫々仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

被告が原告家の近隣に住み洋服仕立業を営んでいることは当事者間に争がない。

而して成立に争ない甲第一号証の一乃至五、同甲第二号証の一・二、同甲第十一第十二号証、同甲第十三号証の一乃至三、同甲第十四号証の一・二、同甲第十五号証の一乃至七、同甲第十六号証の一・二、同乙第一乃至第五号証、同乙第六号証の一乃至三、同乙第七号証の一乃至三、同乙第八号証の一・二、同乙第十号証の一・二、と原告本人加藤才三郎同加藤禎一同加藤アサ被告本人稲垣三郎の各供述並に証人近藤ヒロ子の証言等を綜合すると、次の事実が認定される。即ち

(イ)  被告は二十年以上も前から肩書地に住んで洋服仕立業を営み、原告方では約八年位前から肩書地に住んで原告才三郎はペンキ職を、原告アサはその妻で美容業を、原告禎一は才三郎アサ間の長男でペンキ職を営んでいた。

(ロ)  而して原告方では昭和二十四年頃被告から現在居住の宅地を買受けたのであるが、その代金支払及び土地の境界のことで両者の間に争いが起り、両者の間は近隣としての融和を欠き、互に反目し合つていた。

(ハ)  ところで昭和二十八年九月二十七日の朝八時過頃、原被告方の隣りに住む荒又市太郎が台所を造るについて、被告が右荒又と交渉していたところ、そこへ原告才三郎が介入し、原告才三郎と被告との間で境界のことに関して再び口論となり、その際原告才三郎は被告の顎や頭を小突き廻したりした。

そこで被告は憤慨し境界を測つてやるとて自宅へ引返し、物差しと裁断用小刀を持つて再び自宅の店先の道路へ出て来たところ、原告才三郎がついて来て、逃げるのは卑怯だと暴言を浴せかけたので、被告はカツトなつて所携の裁断用小刀をもつて、あわてて逃れんとする原告才三郎の背部を突刺し、よつて同人に対し左肩押部刺創を加えた。

(ニ)  次いで同月二十九日の朝九時過頃、原告禎一は、前記の如く被告が二十七日の朝原告才三郎に傷害を加えながら謝罪にも来ず、その上次の二十八日の小学校の運動会の際には被告の内妻近藤ヒロ子が原告方の悪口を言つていたと聞いて憤慨し、被告に謝罪させるつもりで被告方に赴き、「親爺居るか、親の仇だ殺してやる」などと暴言を吐きながら被告方店先土間へ入つて行き、店先土間に続く仕事場で洋服裁縫をしていた被告と睨み合い対峙する形となつた。

そこへ原告アサが心配して禎一の後を追つて被告方店先土間に入つて行つたが、丁度その時原告禎一が暴言を吐きながら被告方の廊下へ上りかける気勢を示すや、被告は仕事場にあつた裁断用小刀を持つてこれに立向い、原告禎一が廊下へ上るのを阻止するためもみ合ううち、被告は右刃物もつて原告禎一の胸部を突刺し、次の瞬間両者が組合つたまま原告禎一が下になり被告が上になつて被告方店先土間に倒れ、その際被告は更に右刃物をもつて原告禎一の胸部・肘・前腕等に切傷を加え、尚右両名の格闘を阻止せんとし被告の背後から組付いた原告アサの頬を刺傷し、よつて原告禎一に対しては左胸開放性肺肋膜刺切創及び左前腕右肘切創を、原告アサに対しては右頬部刺創を加えた。

以上の事実を認めることができ、前掲各証拠中右認定に牴触する部分は当裁判所はこれを採用しない。

ところで被告は右の加害行為につき正当防衛を主張するが、前記認定の事実から見れば被告の行為は正当防衛とは言い難く、殊に右加害行為を受ける際にたとい原告才三郎同禎一等が多少乱暴な言葉を吐いたにしても、同人等は当時何等刃物その他の器物を所持していた事実がないことが明かであつて、他に被告提出援用の全証拠によるも、被告が当時急迫不正の侵害に対し自己を防衛するため已むを得ない状態にあつたものと認めることは出来ない。そうすると被告の右主張は到底採用することを得ないから、被告は原告等三名に対し右加害行為につき不法行為上の賠償責任がある。

然しながら前記認定の如く、原告才三郎同禎一の両名については前記被告の加害行為を誘発した過失があると認められるから、同原告等に対する賠償額の範囲については民法第七百二十二条第二項の規定に基き、原告等の右過失を斟酌すべきものと考える。

よつてその賠償の額について判断するに、

一、原告才三郎本人の供述と同供述によつて成立が認められる甲第六号証の一乃至七、同甲第十号証の一乃至四を綜合すると、原告才三郎は被告の前記加害行為により、原告主張の請求原因第四項(1)記載の(A)金一万七千七百九十円(入院料並に治療代)、(B)金七千二百円(附添婦手当)、(C)金一万五千二百四十円(湯治費用)を支出したことが認められるから、之等合計金四万二百三十円は全額を被告に賠償せしめるを相当と考える。

尚請求原因第四項(1)の(D)金二十一万円(得べかりし利益)については、原告才三郎本人の供述と同供述によつて成立が認められる甲第六号証の八とによれば、原告才三郎は当時ペンキ職として日収七百円を得て居り、被告の加害行為により以後一年間は殆んど生業に従事し得なかつたことが認められるが、前述の如く、被告の加害行為を受けるについては原告才三郎にも過失があつたことが認められるから、これを斟酌してその三分の二に当る金十四万円を被告に賠償せしめるのを相当と考える。

尚請求原因第四項(1)の(E)金五十万円(慰藉料)についても、諸般の事情を考慮した上前同様の理由により金十万円を被告に賠償せしめるのを相当と考える。

従つて被告は原告才三郎に対して以上合計金二十八万二百三十円を賠償すべき義務がある。

二、次に原告本人禎一の供述と同供述によつて成立が認められる甲第七号証の一乃至七、同甲第十号証の二乃至四を綜合すると、原告禎一は被告の前記加害行為により、原告主張の請求原因第四項(2)記載の(A)金二万四千四百三十円(入院料並に治療代)、(B)金五千百五十円(附添婦手当並にこれを雇うに要した費用)、(C)金二百四十円(入院蒲団借賃)、(D)金一万五千二百四十円(湯治費用)を支出したことが認められるから、之等合計金四万五千六十円は全額を被告に賠償せしめるのを相当と考える。

尚請求原因第四項(2)の(E)金四千百円(廃棄又は紛失品代)については、原告本人禎一の供述と同供述によつて成立が認められる甲第七号証の八・九とによれば、原告禎一が之等廃棄又は紛失した品物に代る新品を購入するに要した費用なることが認められるけれども、原告禎一が加害を受けた当時着用していた品物はいづれも古くなつていたものと推定されるから、その代償として金三千円を被告に賠償せしめるのを相当と考える。

尚請求原因第四項(2)の(F)金十八万円(得べかりし利益)については原告本人禎一の供述と同供述によつて成立が認められる甲第七号証の十とを綜合すれば、原告禎一は当時ペンキ職として日収六百円を得て居り、被告の加害行為により以後一年間は殆んど生業に従事し得なかつたことが認められるけれども、前述の如く被告の加害行為を受けるについては原告禎一にも過失があつたことが認められるから、これを斟酌してその三分の二に当る金十二万円を被告に賠償せしめるのを相当と考える。

尚請求原因第四項(2)の(G)金七十万円(慰藉料)についても、諸般の事情を考慮した上前同様の理由により金十万円を被告に賠償せしめるのを相当と考える。

従つて被告は原告禎一に対して以上合計金二十六万八千六十円を賠償すべき義務がある。

三、次に原告本人アサの供述と同供述によつて成立が認められる甲第八号証の一乃至五、同甲第九号証を綜合すると、原告アサは被告の加害行為により、原告主張の請求原因第四項(3)記載の(A)金二千八百六十円(治療代)、と(B)金四万六千四百二十円(得べかりし利益)の損害を蒙つたものと認られるから、之等合計金四万九千二百八十円は全額を被告に賠償せしめるのを相当と考える。

尚請求原因第四項(3)の(C)金二十万円(慰藉料)については、諸般の事情を考慮した上金五万円を被告に賠償せしめるのを相当と考える。従つて被告は原告アサに対して金九万九千二百八十円を賠償すべき義務がある。

以上述べた理由により、原告等の本訴請求中右認定の限度においてこれを認容し、その余は棄却し、訴訟費用は三分してその一を被告の負担、その二を原告等の負担と定め、尚原告等勝訴の部分につき夫々仮執行を許容し、主文の通り判決する。

(裁判官 石沢三千雄)

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